薬剤師ライフ

「自分がやったほうが早い」を、何回繰り返しただろう|線を引いたのに、毎回自分で越えてしまう話#160

先に、結論めいたことを書いておきます。

人が育たない環境を作っていたのは、たぶん私のほうです。

「自分がやったほうが早い」

このセリフを、私はいったい何回繰り返してきたんだろう。口に出したことはほとんどありません。でも頭の中では、たぶん数え切れないくらい言っています。

私は、線を引いているつもりだった

新しい職場に入ったとき、私はわりと早い段階で線を引きます。

ここまでは自分の仕事。ここから先は自分の仕事ではない。誰が何を担当するのかを頭の中で整理して、その通りに動く。管理する立場になってからは、なおさらそうしてきたつもりでした。

仕組みで回るようにする。自分がいなくても回る薬局にする。それが理想だと、本気で思っています。

なのに、その線が毎回崩れる。

しかも、他人に崩されているわけではありません。だいたい私が、自分で越えています。

気づいたら、本来は自分の仕事じゃないものが常態化していた

きっかけは、ある出来事でした。詳しくは書けませんが、それ以来、本来は別の担当が受け持つはずの業務が、少しずつ私のところへ流れてくるようになりました。

一時的な対応のつもりでした。落ち着いたら戻すつもりでした。

でも、戻りませんでした。

一包化の細かい指示が届かなくて、患者さんの希望に添えなくなりそうだから、私がやる。疑義照会は、なぜか私にしか相談が来ない構図になっている。締切のある仕事も、最終的にはこちらに戻ってくる。

ひとつひとつは小さい話です。でも積み上がると、気づいたときには「もうそれが普通」になっていました。

なぜ、引き受けてしまうのか

自分なりに理由を並べてみます。

  • 止まると、患者さんに不利益が出る
  • 待合室で待っている人を、待たせたくない
  • 説明する時間を考えたら、自分がやったほうが早い
  • 管理する立場だから、最終的な責任は自分にある

どれも、間違ってはいないと思います。とくに患者さんが絡む話は、悠長に構えていられません。

それに正直なところ、私は強く言える権限を持っていません。人の配置を決められるわけでも、評価を決められるわけでもない。責任だけがあって、決定権はない。その状態で人に何かを求めるのは、思っている以上に難しい。

だから引き受ける。それが一番早くて、一番確実だから。

引き受けた瞬間、それは「やらなくていい仕事」になる

ただ、最近になってようやく気づいたことがあります。

私が引き受けた仕事は、相手にとって「やらなくていい仕事」に変わるということです。

一度そうなると、戻すのはとても難しい。「前はやってくれていたのに」が基準になってしまうからです。

調べ物をせずに聞いてくるようになる。締切が近づいても慌てない。誰かが残業で回収してくれると、どこかで思っている。

以前はできていたはずのことを、だんだんしなくなっていく。

これを相手のせいにするのは簡単です。実際、最初はそう思っていました。

でも——同じことが、今の職場だけで起きているわけではないんです。

過去を振り返ると、私と近い距離で働いた人は、わりと高い確率で同じようになっていきました。全員ではありません。でも、感覚としては半分くらい。

職場が変わっても同じことが起きるなら、共通している要素は、私のほうです。

中学のとき、ベスト4で負けて、私だけ泣いていなかった

ここで、ずいぶん昔の話をさせてください。

私は中学でサッカーをやっていました。そこそこ強い部で、ある大会でベスト4まで進んで、そこで負けました。

試合が終わった瞬間、周りは全員泣いていました。

私は、泣けませんでした。

悔しくなかったわけではありません。悔しかった。むしろ、かなり悔しかったと思います。

ただ、そのとき私の頭にあったのは、こういうことでした。

このチームでは、たぶんこれ以上は難しい。

練習量が足りていないことは、自分でも薄々わかっていました。だから結果にも納得はしていて、その状態で泣いている意味が、正直よくわからなかった。

今思えば、ずいぶん可愛げのない中学生です。

そしてその後、私が何をしたかというと——人数の少ないフットサルのほうへ、少しずつ移っていきました。

私は昔から、チームを変えずに、場所を変えてきた

この話を思い出して、少しぞっとしました。

中学生の私は、チームを変えようとはしていません。説得も、働きかけもしていない。「この人数では無理だ」と判断して、人数の少ない場所へ移っただけです。

やっていることが、今とほとんど同じなんです。

違いがあるとすれば、今回は珍しく「変えよう」としたこと。管理する立場を引き受けたのは、仕組みを直せばこのチームは良くなると思ったからでした。

そして、その結果が今です。

自分が全部引き受けて、線が消えて、相手のできることが減っていく。私が望んだ形とは、正反対のところに来てしまいました。

だから、人と働くのが向いていないのかもしれない

正直に言うと、答えはまだ出ていません。

「遅くてもやらせるべきだ」というのは、頭ではわかっています。でも目の前に患者さんがいると、結局こちらが動く。今日も、たぶん明日も、同じことをすると思います。

ただ、ひとつだけ決めていることがあります。

原因を相手側に置いた瞬間、成長が止まるのは私のほうだということ。

相手が悪いことにすれば、その日は楽になります。でもそれをやり始めたら、次の職場でも同じことが起きる。中学から今まで、ずっと同じ景色を見てきた人間として、それだけはわかります。

だから、たぶん私は、人と働くのがあまり向いていないんだと思います。

向いていないと気づけたことは、無駄じゃなかった

ただ、これは悲観だけの話ではありません。

向いていないかもしれない、と本気で思った日から、私はいろいろなことを調べ始めました。

世の中にどんな働き方があるのか。薬剤師以外にどんな職業があるのか。どうすればお金の心配を減らせるのか。自分の資産はいくらあって、あと何年働けばどうなるのか。

このブログを書き始めたのも、その延長線上にあります。

もし私が「人と働くのが得意なタイプ」だったら、たぶん何も調べなかった。今の場所で満足して、それで終わっていたと思います。

向いていないと気づくのは、けっこう苦い体験です。

でもそれは、自分に合う場所を探し始める合図でもあるんだと思います。

同じように「自分がやったほうが早い」を繰り返している人がいたら、たぶん仲間です。線を引き直せているかどうかは、私も自信がありません。

ただ、そこで立ち止まって考えたこと自体は、きっと無駄になりません。

周りとの温度差については以前も書きました。管理する立場から見た働き方の話も、よければあわせて読んでみてください。

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