
先に言っておく。
私は、いわゆるFラン私立薬学部の出身だ。
しかも国家試験に落ちている。
何度も卒業を延期した、いわゆる卒延組。
薬剤師になったのは、30歳。
スタートラインは、人より何年も遅かった。
そんな私が今、年収は450万から900万になり、
資産は投資を始めて4年半で2400万になった。
これは「すごい人の成功談」じゃない。
むしろ逆だ。
ハンデだらけの凡人が、
たった一つの武器で人生を変えた話だ。
その武器は「行動量」。それだけ。
■ 学歴は気にしてなかった。むしろ燃えた
Fラン出身であることを、私はほとんど気にしていない。
いや、正確に言うと──燃えていた。
私は逆境が大好きな人間だ。
「どうせ無理」と言われるほど、やってやろうと思う。
学歴は変えられない。過去も変えられない。
だったら、変えられるものだけ全力でやればいい。
そう思っていた。
■ 国家試験に落ちて、親に「もう諦めろ」と言われた
それでも、人生はそう甘くなかった。
私は国家試験に落ちた。
何度も卒延していたこともあって、
親からはハッキリ言われた。
「もう薬剤師は諦めていい」
普通なら、ここで終わる。
実際、私は一度、薬剤師の道から外れた。
免許を持たないまま、病院事務として働き始めた。
■ 同じ仕事なのに、給与が3倍違った
病院で働いて、現実を突きつけられた。
私がやっている仕事と、
隣の薬剤師がやっている仕事。
ほぼ、同じだった。
なのに、給与は3倍以上違った。
悔しかった。本当に悔しかった。
ただでさえ、自分でスタートを遅らせた人間だ。
このまま流されれば、
一生、楽しくない生活が待っている。
そう、はっきり想像できてしまった。
人生を楽しむには、ある程度のお金がいる。
それを、身をもって理解した瞬間だった。
■ 諦めきれなくて、もう一度戻った
だから私は、戻ることにした。
数年、勉強から離れていた。
ブランクのある状態から、もう一度国家試験へ。
正直、地獄だった。
でも、心のどこかで、私はずっと諦めていなかった。
「いつか取り直す」
その漠然とした気持ちのために、
病院事務をしながら、コツコツお金を貯めていた。
最初は反対していた親も、
最後には私の本気を認めてくれて、
背中を押し、力も貸してくれた。
一度は「諦めていい」と言った親が、だ。
その支えがあって、私はもう一度机に向かえた。
そして30歳。
私は、薬剤師になった。
遠回りした分、この免許の重みは、
誰よりも分かっているつもりだ。
■ スタートラインは、社会人になれば全員同じ
ここからが、私の本当の戦いだった。
私はこう考えていた。
学生時代の差は、もう関係ない。
社会人になれば、スタートラインは全員同じだ。
だったら、勝負は一つ。
その場に立った瞬間、誰より早くスタートを切れるか。
具体的にやったことは、地味だ。
・投薬は「量」も「質」も人より意識した
→ ポイントを押さえて、いかに効率的に数をこなすか
・転職は、迷わず即決した
→ 迷う時間がもったいない。バカだからこそ動けた
・投資を始める前、YouTubeを片っ端から見た
→ 当時、誰よりも見た自信がある
特別な才能はいらなかった。
ただ、人より早く動いて、人より多く動いた。
それだけだ。
■ 能力がある人ほど、なぜか動かない
正直、不思議に思っていることがある。
私より能力のある人が、なぜか動かない。
理由は、私にも分からない。
できれば本人に聞いてみたいくらいだ。
ただ、一つだけ確信していることがある。
能力があっても、動かなければゼロ。
能力がなくても、動けば前に進む。
私はずっと、後者で生きてきた。
■ 行動すれば、方向は後から直せる
学歴やスペックで「どうせ自分なんて」と
止まっている人に、一番言いたいことがある。
とにかく、行動あるのみ。
方向なんて、後からいくらでも修正できる。
たくさん失敗して、最短で正解を見つければいい。
止まっていたら、失敗もできない。
失敗できなければ、正解にもたどり着けない。
Fランで、国試に落ちて、30歳デビューの私でも、
行動量だけで、ここまで来られた。
学歴も、才能も、過去も関係ない。
今日が、人生で一番若い日だ。
動こう。
📣 ランキング参加中!クリックで応援お願いします🙏